駄文

通院記

芝生の広がる広い公園を突っ切って横断歩道を渡ると、幅の狭い川が横たわっており、30メートルほどの短い橋が掛かっている。ほんの数キロ先が海へ繋がっているからか、足元からは潮の生臭い匂いが立ち昇り、欄干には「この橋からの釣り禁止」と書かれたプレ…

米を炊く、飯を食う

驚くなかれ、米袋が積まれている。背丈まである高さの棚、その全部の段にきっちり上まで積まれている。昨今の米の流通不足には目を見張るものがあった。どの店を覗いても米袋の姿だけが無く、あるのはレンジで温めればすぐに食べられるレトルトのご飯だけで…

温泉へ行こう

この家に越して来て2ヶ月が過ぎようとしている。アパートでありながら、間取りは成人2人が暮らすには十二分に広く、さらに元より少ない我々の持ち物の、ほとんど全部が押入れに収まってしまったために、いつまで経っても殺風景に広いフローリングを眺めなが…

瞑想コインランドリー

今日の東京は最高気温33度と今年一番の暑さである。太陽は頭上高く、しっかりと夏の湿度を持った重い空気は蒸しあがるような熱気を帯びている。襟足から、背中から、膝裏から、汗が滴り伝うのを感じながら、私は2日分の洗濯物を山盛り積んだカゴを両手で抱え…

或る雨の日

雨が降っている。昼過ぎごろにパラパラ降り出したかと思えば、あっという間に本降りになり、絶え間ない雨音を響かせ、響かせ、既に2時間近くになる。幸い出掛ける予定は無いのだが、部屋でひとり、じっとし続けるのも段々嫌になってきて、私はコンビニまで歩…

希釈された生活

全く陰惨な話である。私は元来、自意識過剰な人間だから、身の回りの問題を無闇やたら大袈裟に考えて、いちいち悲劇的になりがちなのだけど、だからこそなるべく、人前では泣かないようにと誰より努めているつもりで、しかし、今回ばかりは駄目だった。総合…

図書館パスポート

その図書館は、駅前の目抜通りと垂直に交わる長い一本道の先にあった。郊外の住宅街特有の、人通りが少ないにも関わらず無駄に幅の広く取られた道路の、両側には古い一軒家の塀が灰色の壁のようにどこまでも連なっている。人がいない。果てしなくみえるこの…

仲春はゆっくりと通り過ぎる

寝て起きたら3月である。今日の東京の最高気温は20度を超えている。正月のインフルエンザが完治して、これでやっと健康で文化的な本年度を始められるぞ、と意気込んだのも束の間、今度は原因不明の高熱を出して1週間寝込んだ。 脳がグツグツ煮える音が聴こえ…

2024年書き初め

2023年の師走は、師走らしからぬほんわかした天気と、自身の孤独を裏切らない見事に空っぽなスケジュールが相まって、例年以上に怠惰な年末、毎日昼近くに起床し、家の前を通る保育園児たちの散歩を眺めながら熱い白湯を啜って、まるで隠居の有り様であった…

赤鼻のトナカイ

居酒屋のカウンターに敷かれた敷紙の隅に、筆文字で小さく、師走、と書かれていたので、来月の名前を書くなんて、ここのご主人はさぞかし気が早い人なのだろうなあ、と、ビールに浮かされた頭でぼんやり思っていたのだが、素面になった今思い返せば、今日は…

銀杏読書人

上野駅中央口を出ると、空はすっかり夕方の面持ちで、駅前の歩道は、夜の気配に浮き足立つ人々で大変な混雑具合である。スウェットの袖を捲り、腕時計を見ると、16:30、約束の時間までは30分以上の余裕があった。真昼間なら、例えばアメ横通りをぶらつくとか…

リコリスを飲み込む

渋谷に、リコリスを買いに来た。リコリスというのは、彼岸花の学名(Lycoris)じゃなく、スペインカンゾウというマメ科の植物である。こちらは英語名がリコリス(Liquorice, Licorice)であり、日本語で発音するとどちらも同じく「リコリス」だが、それぞれ…

新涼の新宿、ダーツバー

友人たちと一緒に、夜の新宿を歩いていた。普段なら酔っ払い共でごった返すだろう東口の通りは、日曜日の、さらには終電まで残り2時間弱という時間帯だからか、意識のハッキリした大人がちらほら歩いているだけという静けさで、拍子抜けである。私たちの目的…

省察日記

人生の先輩に、「天気の暑い寒いを引きこもりの原因にしてはならぬ」と教わったのだが、昨今の東京は、およそ暑い寒いの範疇に収まらない、並々ならぬ厳しさがあるようで、少なくとも私個人の見解では、日中に外で活動するのは不可能だと考える。しかし、こ…

24回目の八月

思い返してみれば、はじめから妙な夏であった。まだ7月であるにも関わらず、都内の最高気温は驚異の35度超えを記録し、このまま気温が上がり続ければ8月に入る頃には文字通り人が蒸発するのではないかと懸念され、冷房の設定温度は日に日に下がり、それに反…

方位磁針を回す

特別お題「わたしがブログを書く理由」 「良質」の対義語は「悪質」と決まっているが、単純に質の良さを表す良質と違って、悪質には、あたかもこちらに対して攻撃性があるかのように聴こえがちである。良質な水、と言われれば、富士の雪解けか何か、透き通っ…

青春の亡霊

JR総武線を千葉方面に走っていると、御茶ノ水駅を出たところで、川の向こうにビリヤード場が見える。20時ごろ、最近知り合った歳の近い友人と2人、並んで吊り革を握り、真っ暗の車窓に映る自分たちと、その向こうに流れる都会の明かりとをぼんやり眺めていた…

白昼夢

レアチーズケーキの白い断面が、ブルーベリーソースの鮮やかな紫色に侵食されていった。丸い平皿の中心部に、綺麗な円を描いて盛り付けられたブルーベリーソースと、その上にひっそり置かれた一切れのレアチーズケーキは、その完璧な色合いと配置から、ほと…

運命未満をやり過ごす

運命、という単語を辞書で引いてみると、「人に幸不幸を与える人智を超えた力」とある。ひとつの出会いやきっかけから、偶然の巡り合わせが重なり合い、向かうべき結末へと進んで行く、その起承転結、それぞれが運命と呼ばれるものであり、それら一連の流れ…

キャラメル読書

月初めの願掛け的な企みで、図書館へ行くことにした。目覚ましを、いつもより2時間早めてセットして、就寝、そうして、5時間弱のレム睡眠の先にあったのは、眩しいくらいに光り輝く、晴天の朝である。サンサンと降り注ぐ朝日、これから私は、この青空の下を1…

五月病声明

五月病である。3月、4月の不調の大概は花粉症のせいにしてしまえるのと同じ理屈で、5月1日から31日間の不調、不具合、しでかした不手際の数々まで、その責任の全ては、五月病という名のもとに一括りにしてしまえる。いまだ、向き合うべき問題は眼前高々に山…

死ぬる枯れ葉

裸眼で外を歩くのは、恐らく十数年ぶりのことである。15歳からコンタクトレンズを着け始め、それ以前は、ずっとメガネを着用していた。視力が、悪い。頭のてっぺんからつま先までの間で、ほとんどが平均点の機能を持つ中、視力だけが、著しく悪い。数値にし…

招き猫を買った話

20代の内に持つべき物は何か。所有品、購入品とは、限りなく個人の趣味趣向に基づいた物であって、そこに「べき」を用いること自体が不粋であるというのは重々承知の上で、どうしても、ひとつ、強く提案したい。招き猫である。招き猫とは、あの招き猫である…

いつかペデストリアンデッキで。

「駅から続くペデストリアンデッキに…」という所まで読んで、まるで久方ぶりに頭を抱えてしまった。文字列を指でなぞりながら、ペデストリアンデッキ、と口の中でゆっくり噛み砕いてみるが、その食感に覚えはなく、どうも化学的な、全く異質な感じである。慌…

他人の不思議は世の不思議

他人の不思議は世の不思議、とは常々言われることですが、いえ、実はついさっき思い付いた私自身の言葉なのですが、あまりに自然と口をついて出たために、これはきっと、いつか読んだ小説の一文か何かだろうと思い込み、しかし、いざネットやら辞書やらを調…

春は何色か

夜桜を見に行きましょう、と誘われたのが、当日の19時過ぎである。支度して、静かな住宅街をひたひた歩き、遠くに川沿いの桜並木が見えてくる頃には20時を過ぎていた。川沿いの歩道は暗く、数メートル置きにある灯籠の黄色い明かりだけがぼんやり光って、歩…

往来でひとり佇む

3つ歳下の、つまり昨年20歳になったばかりの友人と、どういう話の流れだったか、とにかく恋愛についての話題になって、普段より同世代との交流が少ない私はここぞとばかりに、「20代前半の若者は、どこでデートするのか」と尋ねると、彼女は呆気らかんと「水…

夜間移動

19時半に最寄駅で友人と合流し、新宿に着いたのは21時より少し前であった。帰宅ラッシュは過ぎているものの、下り電車はほとんど満員であり、混み合う向かいのホームを眺めながら、私たちはスッカラカンの上り電車で並んで座り、今日明日のスケジュールをヒ…

局所的満足感

かねてより愛飲しているモンスターエナジードリンクが、昨今の物価高の影響により、先月ついに1缶205円から230円という30円近い値上げを決行したので、私はコンビニの清涼飲料コーナーで危うく悲鳴を上げかけた。値上げ、それ自体はそれなり話題になっていた…

最善を祈る

先日、ネットで海外製品を購入したのだが、いざ開封してみると、説明書らしき文書が無い。仕方がないから、スマホで商品名を検索したのだが、出てくるのは日本向けのプロモーション記事や簡易的なレビューばかりで、あとは公式ホームページも商品ページも、…

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