新涼の新宿、ダーツバー

友人たちと一緒に、夜の新宿を歩いていた。普段なら酔っ払い共でごった返すだろう東口の通りは、日曜日の、さらには終電まで残り2時間弱という時間帯だからか、意識のハッキリした大人がちらほら歩いているだけという静けさで、拍子抜けである。私たちの目的は、ダーツバーであった。友人の知り合いが働いているから、安く遊べるのだと言う。私は、例えばダーツバーで夜更かしをするような青春の遊びを知らない、という話をつい先日書いたばかりというのもあり、また、いつか夜遊びをするとしたら、それは歳下の後輩たちに混ぜてもらってだろうと鷹を括っていた手前、内々の興奮を抑えられずにいた。今夜の仲間は、奇しくも全員、同級生である。

 

エレベーターを降りると、想像以上に高級なダイニングバーが広がっていた。暖色の明かりがゆるく落ちる店内には、壁一面にダーツの的がズラッと並び、それと平行して、四人掛けのテーブルセットが一列に、これまた奥までズラッと並んでいる。広い。テーブルからダーツの的まで2メートル近く離れているから、ホール全体を見渡すと、体育館のような印象がある。奥と手前のテーブルにカップルが1組ずついるだけで、店内には落ち着いた空気が流れていた。私たちは中央あたりのテーブルに通された。

目的は食事である。近場で安く食事出来る場所が偶然にもダーツバーであった、というだけで、実際、ダーツをやりに来たわけでは無いのである。背後で鳴り響く、矢を抜いてリセットする際のグネグネした効果音を聴きながら、山盛りのガーリックライスを食べた。稀にカップルが投げている様子を眺めてみるが、あの小さな的に当てるには相当練習がいるようで、私には到底真似出来ないと思う。友人に、「ダーツは賭けて遊ぶものなのか」と尋ねると、意外にも、答えは否、であった。ポーカーや麻雀やビリヤードなら或いは賭けるかも知れないが、ダーツで賭けるとしたら酒くらいだと言う。これだけ怪しげな音と演出があって、不自然なほどの健全さである。この日、初めてカルーアミルクを飲んだ。

 

友人たちと別れ、終電を乗り継ぎ、帰路につく。新宿と違って、こちらはいつも通り、生き物の気配さえ無い夜道である。微かにアルコールを含む自分の息遣いと、住宅街にこだまする、出どころの分からない鈴虫の音に耳を傾けて、歩いた。どこかの家の入浴剤の匂いが混ざった、ささやかだが確かに冷たさを含む風が絶え間なく首元を撫ぜて、私は青春の亡霊が消えて行くのを感じた。

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