最善を祈る

先日、ネットで海外製品を購入したのだが、いざ開封してみると、説明書らしき文書が無い。仕方がないから、スマホで商品名を検索したのだが、出てくるのは日本向けのプロモーション記事や簡易的なレビューばかりで、あとは公式ホームページも商品ページも、全て英語表記である。一応、自分が知りたい項目であろう箇所を翻訳アプリを挟みつつ読んではみたのだが、私が必要としている情報は、そもそも明記されていないようであった。

最終手段。私は過去に一度だけ、会社宛てに「お問い合わせメール」を送ったことがある。無論、日本の会社である。ビジネスじゃないのだから、簡単な挨拶と質問事項だけを書いて、あとは「ご返信いただけましたら幸いです」とだけ記せば良いのである。日常的にビジネスメールを送る機会があるから、メール自体に抵抗は無いのだが、問題は、私が英語のメール文を一度も目にしたことがないという点である。大前提として、ヤフーメールは海外まで届くのだろうか。メールに対して、例えば「手紙を瓶に詰めて海に投げる」ような前時代的な印象を持つ自分には、メールサーバーの仕組みは、架空の未来技術と同等の不安がある。

届くかさえ分からないのだから、気楽に投げてしまえばいい。届かなかったら届かなかったで、製品については適当な自己解釈でどうにかやっていけるだろう。外人と英語で会話したことはあっても、文面でのやり取りは初挑戦。そういう楽観さを持って、簡略化した日本語のメール文を翻訳アプリに突っ込み、吐き出された英文を貼り付け、注釈「翻訳アプリを使っている日本人です」とだけ添えて、えいや、と送信ボタンを押した。それからわずか2日後、パソコンのメーラーを開くと、受信ボックスには英語のメールが1通、届いていた。

 

生まれて初めて目にする、ネイティブのメールである。「Hi,Azusa」から始まるそのメールには、メールをくれたことに対する感謝や、質問に対する簡単な説明、「製品を使って楽しんでくれ」という意味合いのセリフが数行に渡って、いや、わずか4行に渡って、想像していた「外人」のフランクさの更に数倍フランクかつ簡単な英語で書かれており、そして、メールの最後は「Best」の一言で締め括られていた。

私が知っている「Best」とは、最善や最良の意味合いだが、この場合、日本のメールにおける「ご活躍をお祈りします」的な社交辞令だろうか。

「英語,手紙,Best」という無教養にも程がある語列で検索をしてみると、手紙での「Best」とは「Best wishes」の略で、つまり「最善を祈る」「幸運を祈る」の意味である。一般的に、気の置けない友人に対して使うようである。日本人的な警戒心で、「英語,Best,皮肉」などという捻くれた語列でも検索してみたが、どうやら本当に、純粋に、突然メールを送ってよこした私に対して、最善を祈ってくれているようであった。

 

不思議な感動がある。もし、外人が初めて日本人に日本語でメールを送ってみて、返信に「今後のご活躍をお祈り申し上げます」という一文を発見しても、果たして同じような感動があるだろうか。これが、外人が感じる「スクランブル交差点でぶつからない日本人」方面の感動ではなかろうか。これまで数々の「何卒よろしくお願い申し上げます」や「ご活躍をお祈り申し上げます」をもらい、送って来た私は、この日「最善を!」と添えられたメールを、生まれて初めて受け取ったのである。

最善を尽くすことが如何に難しい所業であったとしても、「Best」と言い放たれた今日だけは、少なくとも、どうにかなりそうだという予感があった。

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