或る雨の日

雨が降っている。昼過ぎごろにパラパラ降り出したかと思えば、あっという間に本降りになり、絶え間ない雨音を響かせ、響かせ、既に2時間近くになる。幸い出掛ける予定は無いのだが、部屋でひとり、じっとし続けるのも段々嫌になってきて、私はコンビニまで歩いてみることにした。玄関を開けてビニール傘を差し、道路に出ると、頭上傘越しに、電線に止まる2羽のハトを見つけた。

細い電線の真ん中で、まるで恋人同士のようにぴったり寄り添い止まっている。ずぶ濡れである。羽を休めていたところに雨が降りだし、飛び立てなくなったのだろうか。鳥には雨を察知する勘があり、本降りになる前に木や軒下に避難する、という話を聞いたことがあるが、確かに、雨に打たれる鳥というものはこれまで見たことがない。仮に、あの2羽に雨の予感が無かったとして、パラパラ降り出したタイミングで、避難しておきましょうか、という話にはならなかったのだろうか。降り出した雨が気にならないほどに、大事なやり取りをしていたのだろうか、喧嘩か、まさか、逢引きか。気づいた時には羽が開けないほどにずぶ濡れの有り様で、仕方がない、雨が止むまで、ここでじっとしていましょうか、いや参った、次からは気をつけましょうね。

予報によれば、少なくとも今後4時間は本降りが続く。

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いくら思い返してみても、雨の日の思い出というものが、不思議と無い。いや、実はあの日は雨でした、という思い出も勿論あるにはあるだろうが、思い出になるほどの出来事について、天気の情報だけがすっかり抜け落ちており、まるで生まれてこのかた、毎日全部が晴れだったかのようにさえ思える。J-POPを聴いていると、雨の恋愛、路地裏の雨、傘がない、雨自体に心情を投影したりするが、現実において、雨による切なさとは、寝癖が酷いだとかと同レベルのもので、それが特段ドラマチックな演出になることは無い。

天気についてわざわざ覚えているとすれば、飛び抜けて悪天候の日だけである。一番最近だと、2月の大雪の日、あれは確かに、人生に残る大変さだった。普段は2時間で行ける場所に、6時間かけて到着した。今後、関東に雪、という予報を見るたびに、あの日のことを思い出すのだろう、がしかし、明日は雨、関東梅雨入り、を見ても、特別切なく悲惨な気持ちになったりはしない。

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例の2羽も、今日の雨ことは忘れてしまえばいい。今後生きていく中で、雨が降るたびに、電線でじっと耐え忍んだことを思い出すのは、あまりにも苦しい。私が代わりに、初めての雨の記憶として、2羽のことを覚えておくよ。文字に起こし、推敲までしたのだから、きっと忘れはしないだろう。雨が降る、傘を持つ、電線にずぶ濡れの鳥。2羽の羽が乾き、無事に飛び立てたことを願う。雨は、深夜遅くに止んだ。

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