Wi-Fiに生活を握られている

夕方、YouTubeを観ようとスマホを点けたら、動画が全く読み込めない。黒い画面に「読み込み中」のマークがぐるぐる回っているばかりである。動画一覧も、全部のサムネイルが真っ白のまま。試しに他のアプリを開いてみれば、LINEもTwitterも読み込めない。設定を確認したら、Wi-Fiが切れていた。

正確には、Wi-Fiの存在は認識しているが、ネットに繋がっていないのである。「インターネット未接続」、オフライン状態のWi-Fiである。そんなことがあり得るのか。

リビングに置いてあるWi-Fiの機械を、説明書片手に弄くり回した。薄く積もっていた埃を取り払い、再起動に再起動を重ねたが、依然ネットには繋がらない。

 

 

奈落に突き落とされたような衝撃である。

突如として、インターネットという大陸から弾き出されてしまった。このままでは、検索も出来ず、SNS上の会話にも参加出来ず、ブログも書けなければ、仕事も出来ない。今どこで何が起こっているのか、リアルタイムのニュースも見れず、地震速報も受け取れないし、通販で買い物も出来ない。

 

私は、無意識の内に「オンラインの人間」になっていたようである。ネットに繋ぐ手段があることで初めて、趣味や仕事やらが成り立っていたのだ。一度、オフラインになれば、インターネットの土地に置いてきた自分の財産、配られる情報、その全てから断絶されてしまう。恐ろしいほどの疎外感、孤独感である。

 

書籍を読み、ノートにメモを取り、自分は随分アナログな生活だと思い込んでいたが、錯覚であった。常にオンラインであることが揺るぎない大前提であって、その上で、わざわざアナログな選択肢を選び取っていただけだったのだ。

娯楽である。書籍のページを捲り、ペンを持つことは、ただの娯楽であって、生活では無かった。財産・情報・仕事・交流、生活の根本は、常にインターネットに根付いており、Wi-Fiが繋がらないだけで揺らいでしまうような、薄弱なものだったのである。

 

 

泣きながら機械を弄り続けて数十分、ようやくネットに繋がった。人質に取られていた生活が、帰ってきた。TwitterもYouTubeも、ブログもニュースもメールも、何ら変わらずに閲覧出来る。

この機械が放つWi-Fiが、紛れもなく、私の生活そのものを握っている。