腹の虫
空腹を抱えたまま、仰向けに寝転がっていると、お腹辺りで所謂「腹の虫」が鳴るのだけども、漫画に有りがちな「グー」や「ギュルギュル」等可愛いらしいものでは無く、表記するなら「ビー」「ピキー」の様な、どちらかと言うと「ゴブリンの汚い鳴き声」みたいな、切実な音が聞こえてくる。
「お腹空いたなあ」なんてささやかなレベルじゃなく、"臓器そのものの不具合" の音なので、つくづく、空腹の我慢はよほど身体に悪いのだろうなと思う。
暴力
例えば、下りエスカレーターで立っている時。
目の前の段に立つ、自分より少し低い位置にある頭を眺めていると、不意に「今この瞬間に思いっきり蹴飛ばしたら、この人は前につんのめって、更に前、その更に前の人を薙ぎ倒しながら、地面まで転げ落ちるだろうな」と思いつく。
複数人に大怪我させて、何食わぬ顔で立ち去るには無理があるし、第一、並走する上りエスカレーターの人達に完全に目撃されてしまう。
会社で何人かの後輩を従い始めたであろう、正義感強めの30代男性が「何してるんだ」と声を張り上げる。遠巻きのギャラリーから、警察に電話しようかという声がざわめき立つ。背後に立つおばさんが「あんたねえ」と私の腕を掴んでくる。
その辺まで想像して、「面倒くさそうだから、やらないけどね」と独り小さく息を吸って、地上と同じ高さまで降りてくる。
日常の中で「実際に実行はしないけれど、やろうと思えば出来る」ような、衝動的な暴力を振るう切っ掛けは沢山ある。
"衝動的にやりかねない行為" の実行とは、普通の精神状態でなら押さえ込めるものを、何かの拍子に "発散" してしまうことであり、自分は普段からその行為を、本能で欲しているのでは無かろうか。
"普段から欲している行為" が、場所や空気や人など、些細な切っ掛けで、思い掛けず "発散" されてしまった結果が、"衝動的な暴力" なのではないか。
あちこちに転がる "切っ掛け" によって、ギリギリで抑え込めていた暴力が、いつ外に飛び出してしまうのか。
日常の道中には、無数の分岐点が存在しており、不意に遭遇した "切っ掛け" により "衝動的に" 暴力を発散してしまったら最後、もう二度と、目の前の日常には戻れないのである。