「いちご味の頭突き」

 彼女はクラスの中でも群を抜いた存在でした。初対面で必ず褒められる肌の白さ、洗練された喋り口調、細い指、しっとり湿り気を帯びた長い髪や、上品な目元まで、挙げればキリがないほど隅から隅まで綺麗で、まるで可憐な白猫でした。それで自分の美しさを威張ったりせず、誰の話も親身に聞くから男女問わず人気で、彼女が登校すれば御令嬢がいらっしゃったかのように、教室が静かに高揚しました。

 彼女がなぜ、私なんかと仲良くしていたのかは今思い返しても分かりませんが、彼女は常に私を隣に置いて、教室の移動や日直の仕事に付き添わせました。私が部活動などに属さない、融通の効く人間だったからかもしれません。あるいは、出席番号が近く、背の順で前後、帰りの電車が同じ、そういう細々とした偶然からかもしれません。私も、偏差値だけで何となく決めた学校でしたし、これと言ってやりたいことも無かったので、特に不満を感じること無く、学校生活のほとんど全てを彼女の隣で過ごしたような気がします。

 

 彼女は、その高貴な見た目にそぐわない、子どもっぽい茶目っ気のある人でした。例えば休み時間になると、私を手招きして学生鞄のチャックを開け、すると中にはノートと定期券に混ざってチョコレートの箱が入っているのです。無論、学校は菓子持ち込み禁止です。彼女は唇の端をキュッと上げて、

 「内緒」

 とだけ囁き、そして昼休みになると図書室の書棚の影に私を連れ込んで、紙に包まれたチョコレートを三、四かけら分けてくれるのです。私は、悪戯の共犯者に選ばれたことを誇らしく感じていました。きっかけはどうであれ、彼女が特別に接していたのは、私一人だけでした。チョコレートをほおばると、途端にカカオの香ばしさが口の中いっぱいに広がり、後からこってりした甘さが押し寄せました。彼女から与えられた悪戯の甘味に満たされて、その幸福を伝えるため、わざと大げさに微笑んでみせると、彼女は恥ずかしそうに私のわき腹を小突きました。無邪気に笑っていました。その一連のやり取りが、教室での彼女のイメージとは少しずれていて、そして私だけが知っている可愛らしさでした。

 私は唯一、誰も知らない彼女の一面を知りえたわけですが、誰にも自慢はしませんでした。私は受け取るばかりで、チョコレートを持ち込む勇気すら無いという恥ずかしい事実が、彼女以外にもばれてしまうことに耐えられませんでした。実際、何度も登校前にお返しのチョコレートを鞄に放り込もうとして、挫折しました。彼女の特別な一面を私だけが知りえて、私の恥ずかしい一面は彼女だけが知っていれば良いと思いました。だから私はしばらく、彼女は等価交換のつもりでチョコレートをくれていると思い込んでいたのですが、後に彼女が私の内面について微塵も興味がないとわかったので、ただ日頃の付き添いへのお駄賃のつもりだったのだと思います。

 

 また、私たちは度々単位が足りず、夏休みや冬休みの補修講座に呼び出されていました。もちろん彼女の茶目っ気のせいなどではなく、私も彼女もよく体調を崩して寝込むので、学期末が近づくと先生から補修の案内をもらうのです。補修、といっても遅れを取り戻すための授業や複雑な課題はこれっぽっちもなくて、「現代国語」と称して有名らしい映画を鑑賞し、感想文を提出すれば済んでしまうような、軽薄なイベントでした。

 私たちはいつも並んで座っていました。その日、上映されたのはアメリカのミュージカル映画で、多国籍な人々が衝突しながらも支え合い、懸命に生きていく中、ある男性二人は同性愛者として世間から激しい差別を受け、そして乗り越えて、幸せなキスをしました。

 私は、隣に座る彼女の反応が気になって仕方がありませんでした。彼女は以前、違う映画で、こちらはもっと詩的で難解な話だったと記憶していますが、エンドロールに入るや否や突然泣き出してしまったのです。口元を押さえ、ぽろぽろ涙を落とす姿に、呆気にとられてしまいました。泣いている人への対処法など知らないですし、第一、個人的な思想を無理やり映像化したような意味不明なシーンばかりで、その映画の何処に彼女を泣かせるトリガーがあったのか検討もつかないので、ゆらゆら視線を泳がせながら、彼女が泣き止むまで、ただ黙って隣に座っていました。

 だから今度も、彼女が泣くと思ったのです。画面では男性二人が熱い抱擁を交わし、涙を流しながら何度もキスしています。オーケストラが素晴らしいBGMを奏でています。世界中が感動するように作られたラブストーリーに、きっと彼女は泣き出すと思ったのです。泣いていたらどうしよう、手でも握ってやろうかしら、映画のようにハグしたら良いかしら。興奮を悟られぬよう画面から少しずつ目線を滑らせ、遂に彼女の顔が視界の端に映った瞬間、背筋が凍りました。彼女は泣いてなどいなかったのです。それどころか、何の感情も無く、ファミレスのメニューを眺めるような無感動な眼差しで、ただ座っているだけでした。

 私は、泣いていたらどうしようと緊張していましたが、同時に、泣いていることを当たり前に信じていました。泣いて欲しかったのです。私は、ラブストーリーに激しく感動していました。彼女が泣いていたら、涙によって私自身の個人的な感情までも肯定してくれるのではと、密かに期待していたのです。彼女は私について、特別気を付けてはいませんでした。そして私は、あさましく、単純な想像力によって、映画の中の男性二人に、彼女と私の姿を重ねていました。そういう行為を不自然とも後ろめたいとも思わずに、自然とやってのけるくらいには、彼女に対して強烈な憧れを抱いていました。

 

 学年が上がるにつれて、私たちの仲はより親密そうになりました。仲の良いグループは大抵クラス替えで別れてしまうものですが、私たちは結局三年間同じクラスで、クラスメイトたちも先生も、彼女についての質問や連絡などは全て私を通してでしたし、私と彼女は一心同体のような、同じ人種のように扱われました。側から見れば所謂「親友」のような、稀に恋人同士と勘違いされることすらあり、以前の私なら「共犯者」の時のように誇らしかったりもしたでしょうが、今度は恥ずかしさと引き換えのチョコレートもないですし、何より、彼女が私に全然意識が無いのは、映画の一件や、そのほか日常の節々でよくわかっていたから、周りからの気遣いは悪口と大差ありませんでした。

 そういう悩みを知らない彼女は、気まぐれに私の手を握ったり、私の膝に座って「お茶目」にはしゃいだりしていました。そう、三年生にもなると彼女は自分の「お茶目」「可愛らしさ」を隠さなくなり、私以外から見ても完璧なお嬢様になっていたのです。

 私を椅子に見立てて座る彼女を、一人のクラスメイトが可愛がりました。みんなが笑って、教室に華やかな風が沸き起こりました。彼女も笑ったようでした。笑った拍子に大きく仰け反って、「ガツン」と、私の鼻に彼女の後頭部がぶつかりました。

 

 いちご味でした。彼女の艶めかしい髪が鼻に押しつけられ、途端に鼻腔がいちご味で満たされました。その甘ったるい香りは、彼女の高貴さやお茶目さを全部混ぜて溶かし込んだような、丁寧に煮詰めて冷やし固めた飴玉のような、可愛らしい愛おしい、艶麗な味でした。

 

 びっくりして振り返る彼女に、私は鼻骨の痛みも忘れて、

 「いい匂い」

 と溢しました。彼女は、

 「そう、お気に入りのシャンプーなの」

 と、幼女のようにカラカラ笑うだけでした。

 まるで「いちご味の頭突き」ね、香りを味で例えるなんて洒落てるけど、後に続くのが頭突きなんて、変なの。そんな冗談を思い付いたのですが、彼女はもう膝から降りてしまって、クラスメイトたちと下らない話をおもちゃに遊んでいました。彼女にはもう、私だけが知っている一面は残っていませんでした。私の身体には、かつて彼女だけに明かした恥ずかしさと、「いちご味」の香りが残されました。私は、彼女が「いちご味」であることを、遂に明かしませんでした。そして彼女も、私を特別にはしませんでした。

 

 彼女と過ごした具体的な記憶はこれくらいで、こんな少しばかりの昔話を人に話す機会もなく、彼女について尋ねるクラスメイトも居なくなり、進学や引っ越しや就職や、そういう生活の雑音が増えるにしたがって、彼女を思い出すことはほとんど無くなりました。

 卒業式後、彼女から連絡が来ることもなく、だから私から連絡を取ることもしませんでした。彼女が何者であったか、そして何者になったのか、私にはもう確かめる術がありません。

 しかし、例えばポストに封筒を放り込む瞬間、例えば図書館の書棚に夕日が差し込む瞬間、例えばお店でチョコレートの箱を見つけた瞬間、唐突に、あの「いちご味」が鼻をくすぐることがあるのです。そして同時に、彼女の肌の白さや、体温や、笑い声が、脈絡なく視界いっぱいに散らついて、恥ずかしさや切なさを途端に熱くぶり返し、たまらず顔を真っ赤にした私を、白い幼女がカラカラ嘲笑っている幻覚を起こすのです。香りは、記憶を呼び起こす器官に残ると聞きます。私の身体には、今なお彼女の残り香が絡み付き、年月とともに深く根付いた「いちご味」だけが、彼女が、確かに存在していた事実を裏付けています。

 

 彼女は、何者になったのですか。今でも、誰かの身体に「いちご味」を植え付けて、無邪気に笑っているのでしょうか。

 私はもう、彼女の顔を覚えていません。