「BAD CGI SHARKS / 電脳鮫(2021)」を観た【サメ映画レビュー】

※以前、フランケンジョーズについて語った際、冒頭に「中盤以降はサメが歩き出すので注意」と注釈を入れたが、本作もこれに倣わざるをえない。この映画のサメは、確かにサメであるが、我々が一般的に想像する自然本来のサメでは無く、驚くべきことに中盤以降は言葉を喋り出すのである。

 

タイトルに何故CGや電脳と付いているかは、登場するサメの姿を見れば一目瞭然である。サメはサメでも、血の通った動物では無い。「サメ映画のクソCGで作られたサメ」が本作の主役である。この作品は、「サメ映画の脚本が現実化してしまい、クソCGのサメが現実世界で牙を剥く」という、「クソサメ映画」そのものを題材とした、メタ要素満載、異色のサメ映画なのである。

 

主人公は、子供時代に「いつか一緒にサメ映画を撮ろう」と約束したアラサーの兄弟2人。ちゃらんぽらんで遂に実家から勘当された兄と、仕事をクビになったばかりの弟である。突然路頭に迷った2人は、ある晩、宙に浮かぶCGのサメと出会す。夜の街を逃げ惑いながら、2人は、かつて自分達が書いた「クソサメ映画」の脚本が不思議な魔法によって現実化していること、自分達を追い掛けるサメは、その脚本から出てきた「クソCGのサメ」である事を知る。結末の書かれていない脚本を、2人は無事に終わらせることが出来るだろうか。

ストーリーだけ書き出してみると、なんだかスピルバーグが撮ってくれそうな、ロマンチックな香りがしてくるが、実際そんなことは無い。そもそも2人が書いた脚本が「クソ」という前提なので、サメの登場シーンは随分のんびりしているし、人が襲われるシーンも無ければ、あるのは不必要な言葉の応酬と意味不明なジョーク。そして1時間半ある本編の内、画面のおよそ8割は真夜中の街で、CGサメから2人が走って逃げる、ただそれだけの映像が延々と続いている。

 

そんな本作の一推しポイントは、CGサメが2人を襲う理由である。CGサメは途中、オフィスのパソコンを飲み込み、自らをインターネットに接続することで知能を獲得し、言葉を話せるようになるのだが、そこで兄弟2人、及び人間全体に対する意見を述べる。

「貴様らはサメを怪物と思い込んでいる」

「貴様の脚本は我々サメ(について)の古臭い固定観念を強めるだけだ」

動物であるサメに「怪物」というレッテルを貼り、人を襲うモンスターとして描くサメ映画に対して、また、それをエンターテイメントとして消費する人間に対しての、サメ側の怒りである。「自分を怪物として産み落とした作者への復讐」という、明確な目的があるのである。人を襲う理由をサメが自ら明言するサメ映画など、前代未聞であろう。私も、サメ側の一意見を聴くことが出来て、感無量である。

 

ちなみに、私は上記あらゆる箇所で「クソ」を乱用しているが、誓って私の言葉では無く、実際に作中で登場するセリフである。サメと初めて対峙した兄弟は、「まるでクソサメ映画のCGみたいだ」と漏らしている。温いカット割りやCGのクオリティ、明らかに絵の具に見える血飛沫に至るまで、隅々まで抜かりなく「クソサメ映画」であることに忠実である。

 

クソサメ映画を最大限にリスペクトした本作、 「BAD CGI SHARKS / 電脳鮫」のエンドロールは、次のような言葉で締められている。

「こんな馬鹿共ができるなら俺たちにもできる、
そう思わせてくれた最高のクソ映画達に感謝を」

🦈- サメ映画レビュー記事一覧はこちら

 

secret.[click].