ロンドンへ愛を込めて

私の通う小学校には、4年生から参加必須になる放課後活動に、委員会とクラブがあった。どちらも週に1回、4年生から6年生までが同じ教室に集まって、定例会議やクラブ活動に勤しむのである。と言っても、所詮は小学生だから、委員会には特別な責任も課題も無かったし、クラブに至ってはバドミントンやら将棋やら、好きな人が好きなように遊ぶ、昼休みの延長のような時間に過ぎなかった。

思い出深いのはクラブ活動である。クラスメイトたちは運動好きばかりだったから、クラブの日は帰りの会が終わると、皆すぐに体操服に着替えて、校庭や体育館へ駆けて行った。彼らの背中を見送りながら、私は独り、ランドセルを肩に掛け、図書室に向かうのである。私は4年生から卒業までの3年間、「図書室でクラブメイト全員が押し黙り、下校時間までひたすら本を読み続ける」、その名も「読書クラブ」という数奇な集団に所属していた。

読書が好きだったのである。運動も交流も無く、ただ本を読んでいれば許されるクラブは、あまりにも魅力的であった。ちょうど、図書室にあるシリーズものを制覇している最中だった、というのもある。クラブ活動中は「アルセーヌルパン」や「少年探偵団」やらを片っ端から読み漁った。その中で最も夢中になったのが、かの有名な「シャーロック・ホームズ」シリーズである。

 

近年、特に子ども向けに書き直された本では、ホームズが薬物を使う描写がカットされているらしい。私の小学校にあったホームズは、まさに「子ども向け」の単行本だったはずだが、作中のホームズは堂々と薬物を乱用していた。私は、ホームズが腕にコカインを注射しまくる描写を、しっかりと覚えている。小学校の図書室で、夢中になって覗き込んでいたベイカー街221Bの部屋は、注射器が転がり、タバコの煙が充満していた。

最近になって、海外ドラマ「現代版シャーロックホームズ」を観ていたら、当たり前だがコカインは違法だし、ホームズはタバコよりもコーヒーを好んで飲んでいた。稀に違法と承知で(捜査のために)注射したりしていたが、相棒のワトソンがぶん殴って激怒する。ワトソンも、ワトソンの妻も、下宿の女主人も、ホームズの兄も、全員がホームズの健康を、彼のヒーローとしての活躍を、純粋に願っていた。ホームズ自身も、最先端の装置で調査したり、自分のブログを運営したりと、能力に見合った環境を手に入れて、割と健康的に活動していた。現代版シャーロックホームズは、彼がいかに社会と関係を築いていくかを重要視して描かれていた。

かつて私が読んでいたホームズ、つまり140年前のホームズは、今よりもずっと孤独だった。現代版ドラマを原作者や原作ファンがどう感じるかは別として、私には、ホームズが昔よりも生きやすそうに見えたのである。才能ゆえに孤独や虚無感に苛まれ、薬に頼ることもあったホームズを、現代社会なら、ずっと優しく迎え入れられるのかもしれない。

 

4シーズン、全12話、実に20時間近くを費やして、ついさっき、ようやくドラマ最終話を観終えた。本当に現代にホームズが存在するのなら、今この足で飛行機に飛び乗って、ロンドンまで会いに行きたい気分である。きっと、140年前には起こりようもなかった複雑な事件の話が聴けるだろう。時計を見ると、午前2時。ロンドンは、18時頃である。

ベイカー街の夜は、まだ始まったばかりだろうか。

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