アズサてやんday

六帖アズサのブログ

11月19日(装備)

いくら治安の良い国だとは言え、人間社会で生きている限り、突然殴られたり刺されたりしても全然不思議では無いと思っている。忘れがちだが「外出」とは非常な危険を伴う行為であり、僅かでも警戒心を怠れば、命の危機に直結する。

そんな物騒な人間界を歩き回るための装備として、絶大な信頼を置いているのが「リュックサック」である。

 

人間の目は正面に付いているから、自分の背後を目視することは出来ない。つまりは、背後から何某が襲いかかって来たとしても、余程の訓練をしていない限り避けることは不可能である。

その点、リュックを背負っていれば、中身の荷物がクッションとなって背後からのダメージを幾らか軽減してくれる。教科書と体操服でパンパンのランドセルを背負っていた頃が、人生で最も背中が安全な時期であった。

 

「背中を守りたい」という一点だけでリュックを背負い続けているので、もはやリュック無しでの外出など、全裸みたいなもんである。

がしかし、最近になって「リュックだけでは装備が足りないのでは」と疑問に思う機会が増えてきた。

 

例えば、銀行で現金を下ろして財布に入れる。財布も通帳も、リュックの奥底へと沈めてから銀行を出る。

「私が現金を引き出してリュックに入れた瞬間」を見た人が、現金を奪おうと思い付く。目的は現金だけだから、私ではなくリュックに手をかける。私は現金を取られたくないから、リュックを庇って何某と向かい合う形になる。思いがけず反抗された何某はどうするか。この時点で未だ私のリュックを諦めていなければ、恐らくは正面から殴りかかってくるに違いない。リュックは背中、私の正面はガラ空き。あるのは、最低限の筋力しかない腕2本だけである。

 

リュック単体で装備として機能するのは、「リュックに大事なものを入れていない時」だけなのだ。現金やらキャッシュカードやらを入れた瞬間、「守るべきもの」が「自分とリュック」の2つに増え、両者を天秤に掛けた結果、自分がボコボコにされるか、リュックを奪われるかのどちらかを選ばねばならない。

 

やはり持つべきものは防弾チョッキなのか。

一先ずは、貴重品は小さいポシェットに入れて斜め掛けに。荷物をリュックとポシェットに分割することで、リュックのレア度をなるべく低く。

いざとなったら、リュックを投げ捨てて全力疾走する方針です。