ミナミコアリクイである。体長1メートル弱、長い尻尾まで含めると1.5メートルはありそうである。全身をクリーム色のパサついた毛で覆い、背中から肩にかけては黒い毛が模様を作っており、伸び切ったタンクトップを着ているように見える。ずんぐりした体から妙に細長い頭を生やし、頭よりも太く発達した四肢で逞しく歩き回っている。南アメリカに生息する動物だが、ここは東京、上野動物園の一角である。
本当は、ホッキョクグマを目指して来た。とにかく大きな獣に会いたかった。大行列のパンダには目もくれず、熊エリアを目指して突き進む。道が開け、だだっ広い空間に現れた巨大なガラスケースには、やせ細ったホッキョクグマが1匹、暑さにあえぐように口をあんぐり開けたまま、同じ場所を行ったり来たりしていた。その大げさな歩幅以外に「獣」要素は見当たらなかった。
拍子抜けしてしまった。園内で一番獰猛であろうホッキョクグマが、随分人間的な哀愁を漂わせていた。やはり都内の動物園はこんなものか。トボトボ歩き回っていると、道端に2〜3畳を囲った狭い柵があり、大勢がカメラを構えて取り囲んでいる。ウサギか何かかと思って覗き込むと、見慣れない形の、中型犬的な動物が元気よく歩き回っていた。
ミナミコアリクイであった。触れそうなほど近くにいた。ずんぐりむっくりの体を揺らして、アリクイらしく地面を舐め回している。舐めながらずんずん歩き回って、何周かすると木に登り始めた。体全体で幹を抱き、目線の高さまでよじ登って、頂上に立つと得意げにポーズを決めた。観客が一斉にシャッターを切り、「偉いね、すごいね」と歓声をあげる。アリクイは満足気に木を降りて、またずんずん歩き回った。
よく動き、よく登り、よく食べる。それを常に10〜20人が凝視して、その一挙一動に興奮する。展示の見せ方と、本人の行動が合っている。手を伸ばせば届く距離で、アメリカの獣が、エネルギッシュに生活していた。
上野動物園の真の目玉は、アリクイだと思った。白黒の豊富な毛、太い手足と無条件に可愛いフォルム。パンダと互角のポテンシャルを持ちながら、小型で、活発で、並ばなくとも目の前で見られるから、パンダよりも親近感が湧く。もっと話題になっても良いものである。
大量に写真を撮った。帰るまでに3回立ち寄った。うち2回、観客の中から「スカンクかと思ったら、」という会話が聞こえてきた。あまりにも残念な冤罪だ。アリクイは、1日に何度スカンクだと勘違いされるのだろうか。生まれつきのポテンシャルと、現時点での知名度の低さを考えると、たまらず「自分が売り出さなければ」という気持ちになる。地下アイドルとヲタクの関係である。私が、この子を、必ず武道館に立たせてやる。
数年ぶりの動物園は驚きの連続であった。ホッキョクグマは情けない。アリクイは可愛い。ペンギンは全員陸にいる。フラミンゴは叫んでいる。巨大なカバ。室内飼いのキリン。退屈から抜け出したいなら、まずは動物園へ出掛けよう。そして私のアイドル、アリクイをよろしく。