関東地方東側に住んでいる人間からして、吉祥寺とは正しく「地の果て」である。最短ルートで乗り換えたとしても片道50分強、ただ往復するだけで1500円が消えて行く。
地の果てに何の用があるのか。よっぽどの覚悟が無いと行く気にならないのが正直なところだが、今回ばかりはのっぴきならない問題があり、つまりは観たい映画が吉祥寺でしかやっていないのである。
吉祥寺駅に降り立ったのは昼過ぎ、上映まで4時間以上もある。「せっかく来たのだから」と、池に浮かぶ大量のスワンボートを連写したり、古本市でヴィンテージ広告を漁ったり、中本のつけ麺で食道を焼いたり、猫カフェの隅でぼんやりしたりもした。
吉祥寺という街はあまりにも大きかった。
既に「店・地元民・観光客」が十二分に飽和しているくせして、依然、人も店も紛れ込める余裕がある。働いても住んでも観光に来ても「もともと吉祥寺に居る人間」かのように景色に馴染む。
超高層タワーが建ったり、世界中から人がわんさか押し寄せたとしても、吉祥寺は吉祥寺のままであろう。懐のでかい街である。
パルコの地下2階にある映画館「UPLINK吉祥寺」へやって来た。壁がピンクやら水色やらで、1から5まであるシアター番号がネオンで描かれている。何処もかしこも綺麗だから、新築のタピオカ屋みたいな雰囲気である。
半日歩き回ったので何か爽快な飲み物が欲しい。いきなりフードカウンターに行く勇気は無いから、スマホでメニューを検索してみる。「ストロベリーフロート」という見慣れないドリンクを見つけ、意気揚々とカウンターに突撃し「ストロベリーフロートください」と告げれば、「それはもうやっていない」とのこと。
結局、ストロベリーフロートはコーヒーフロートに変わってしまった。なみなみと注がれたコーヒーに、豪快なバニラアイスが浮かんでいる。アイスを溶かし切ってから飲みたいので、ひたすらストローでかき回す。
席が3列しか無いシアターの一番後ろに座り、始まったのはアメリカのインディーズ発映画「ディナー・イン・アメリカ」。
全国ロードショーは到底不可能だろうパンクな映画であった。水っぽくなったコーヒーフロートを啜りながら、マリファナと愛と音楽に浸る。六帖間に引きこもっていては絶対に体験できない感覚である。面白かった。吉祥寺まで来た甲斐があるが、今度はアメリカまで行かねばとも思う。
映画館以外はとっくに閉店したパルコを出ると、路上でスケボーと戯れる青年達がいた。中心にいる青年は、スケボーの裏に熱心にイラストを描き込んでいる。マリファナの無い日本の「パンク」について考える。
「あんたら最高にパンクかもな」と心の中でグッドサインを握りしめながら、夜の吉祥寺を後にした。