富士山について

驚くなかれ、私は富士山をみたことがない。正確には、関東育ちだから視界の遠くに見切れることくらいはあっただろうが、「富士をみる」という行為を意識してやったことがない。富士の麓に旅行した記憶もなく、また日本一高い山について日常的に思い馳せる習慣もない。毎年のように富士へ登り、参拝する友人を、変人とすら思っている。実際に直近で見上げたことがないから、かもしれない。愛国心みたいなものを想像するとして、遠くにあるらしい国一番の山よりも、渋谷の交差点やスカイツリーに、まず行き当たる。

 

 

はるか昔にひとつだけ、富士山についてらしい記憶がある。

小学生の頃、6年間ほぼ毎年「保健係」を担当していて、毎朝の朝礼の後、出欠表を保健室まで持って行く仕事があった。小学校は3階建てで、北側の教室棟と、南側の職員室や保健室がある棟の2つに分かれており、2棟を渡り廊下で行き来していた。高学年になり、初めて教室が3階になった。私はいつものように出欠表を小脇に抱え、「朝読書」時間中の静かな廊下を1人で歩いていた。

渡り廊下に差しかかって、ふと窓の外に目をやると、西の、青白く霞んだ街並み遠くに、初めて、微かに三角形の山影が見えた。特別存在感あるわけでもなく、都会の塵に薄くぼやけた、灰色の、裾の広い山だと思った。「3階だとあんなものも見えるのか」と、その程度の感激であった。随分後になって、校長先生が「この学校は渡り廊下から富士山が見える」と話していて、ようやく「あれは富士山かもしれない」程度は認識するようになった。直接の答え合わせは無かったから、やはり大した感慨もなく、「富士山かもしれない」影をぼんやり眺めていた。

 

中学、高校と都内へ通うようになってからは、高層ビル群に埋もれて、富士は影すら見えなかった。私の富士についての意識は、あの朝の渡り廊下で見た、輪郭も感激もあやふやな、ただ三角形の影ばかりである。

 

 

最近になって、太宰治の「富嶽百景」を読んだ。エッセイなのかフィクションなのか、曖昧な語り口で書かれたこの傑作が気に入ってしまって、少しでも暇があれば読み返している。人生の時々に見切れたり、見上げたりした富士の風景が、見事に切り取られている。

この短編が、アルバイトまでの通勤電車、ちょうど片道分で読み切れる長さだとわかった。最寄りから最寄りまでは延々と地下鉄。座席の端に座ってガタガタ揺られながら、毎度飽きずに「富嶽百景」を読んだ。真っ暗なトンネルを時速何十キロで運ばれる最中、太宰を通して、私は確かに富士を見ていた。校舎の3階から見た山影とは比べものにならない。ずっしりと美しい山であった。

 

 

富士山の間近、御坂峠には、「富嶽百景」の一文「富士には 月見草が よく似合ふ」が刻まれた文学碑があるらしい。

今年は、富士を見上げに出掛けようか。