セミに謝罪

セミが荒れ狂う時期である。部屋の窓に、1日2回はセミがぶつかる。カーテンを開ける習慣が無いから、外から見ればガラスというより「白い壁」だろうに、しかし、どういうわけだか毎度ピンポイントで窓に突っ込む。網戸側にぶつかると、絶望的である。網目の繊維が足やら羽やらを巻き込み、バチバチバチ、と弾け飛ぶ。スプラッタ映画でしか聴かないような破裂音が、早朝、響き渡ったりする。私は、セミの体がどうなったのか、わざわざカーテンを開けて確認することはしない。開ける習慣が無いのである。もっとも、この時期は、より開けたく無いものである。

荒れ狂う、とは、網戸にぶち当たるセミの野生的元気を言っているのでは無い。炎天下を歩き回って幾度となく目にする、セミは余りにも、物への着地が下手過ぎやしないか。飛び回っていたセミが、大きく孤を描いて、電柱に突っ込み、標識にぶち当たり、外壁に叩きつけられ、何とか塀に着地する。いちいち絶体絶命である。人工物が、圧倒的にセミの邪魔をしているように見える。荒れ狂わざるを得ないのである。人間は、一度真剣に、セミに謝罪すべきかも知れない。

 

セミは人に負けがちだが、野生の元気さが人の想定を優に超えてしまうこともある。住宅街を散歩していて、ある家の前で仰天した。1階の玄関先に植えられたモミの木が、2階の屋根に到達しそうなほど、堂々と生え盛っていた。明らかにクリスマスツリー専用の、きちんと枝を整えられたモミの木だが、植木として設けられた空間からは完全に逸脱していた。玄関の飾りにモミの木、ではなく、モミの木の隣に家、である。

本来、モミの木だって森を作るほど巨大な樹木なのだから、どれだけ成長したって「規格外」なんてことは無いのだろうが、「玄関先のクリスマスツリー」を想定して植えた手前、その範囲を超えてしまうと、不意をつかれた恐怖がある。盆栽を我が子のように世話していて、ある日突然、数メートル級の樹木に変貌していたら、「そんなはずじゃ無かった」と泣き喚くだろう。野生と人との共存は、いつまで経ってもままならない。

 

静かな住宅街にて、何の前触れもなく、ジャリ、と潰れる音がした。足元を見ると、くしゃくしゃに潰された1匹のセミがあった。セミには、本当に申し訳ないと思っている。泣きながら、明日からは部屋のカーテンを開けようと誓った。