明晰夢レポート

夢の中で「ここは夢だ」とハッキリ認識できる夢がある。明晰夢(めいせきむ)と呼ばれる。

笑ってしまうほど鮮明な明晰夢を見た。突然、小学校のトイレの前に立っており、入ってみると、中は音楽準備室であった。「いかにも夢っぽい脈絡のなさ!」と独りゲラゲラ笑った。一応、本当に夢かどうか確かめるべく、ピアノの鍵盤をめちゃくちゃに弾いてみた。どう弾いても必ず「ドレミファソラシド」の音階が鳴った。確実な夢であると証明された。今までも明晰夢の経験はあったが、ここまで現実と同じレベルに意識ある夢は初めてである。

せっかくなので、実験することにした。かねてより気になっていた「夢の中の登場人物に自我はあるのか」という疑問を解消したい。

音楽準備室を出ると、廊下には大勢の生徒がいた。小学生時代の親友を見つけたので、「ここは私の夢の中だよね?」と質問した。経験上、夢の登場人物は必ず「そうだよ」と答えるはずである。彼女も、やはり自然に「そうだよ」と答えた。しかし、他の同級生にも同じく質問すると、その人は「普通に現実だと思っていた」と動揺しだした。他3、4人の回答も分かれた。夢の中の住人は、ここは夢だと認識している人と、していない人が半分ずついるようであった。

2つ目の質問は「あなたにとって、この世界とは?」。こちらは全員バラバラであった。先程、夢の中だと答えた彼女は「他人の夢だから、関心も思い入れもない」と、かなりドライな反応だった。現実だと思っていた(言っていた)人は、「ここが紛れもなく現実」と明言した。この質問では事実というよりも、人それぞれのキャラクター設定に沿ったセリフを答えているように見えた。

 

質問しながら、薄々気付いてはいた。夢について抱いていた多少のロマン、「夢の住人は夢の住人として生きている」、そんなことが有り得るはずないのである。

1つ目の質問では、ゲームキャラに操作方法を説明させるようなメタさがあった。あからさま過ぎるのだ。彼らの背後に「こう答えたら面白いだろう」と考えている「私」が居ることに気付いた。2つ目の質問も、こちらは私自身が各人に対してどういう印象を持っているか、という結果である。「この人はこう答えそう」と考えている私がいる。私の夢は、私が想像した世界であり、登場する人物は私が想像出来うる言動しかしない。

前代未聞の明晰夢実験レポートは「夢の中の住人は全員、私」という、どうしようもなく当然の結論で締められることになる。

 

夢とは、眠りながら記憶や情報を思い出したり、整理したりする中で映像化されたものだという。

今回の実験中に1人だけ、全く見覚えのない青年がいた。歳は私と同じ20代前半、小中高でそれぞれ仲の良かった男子達を全員足して割ったような顔をしていた。私が想像し得る「平均的な青年」だったのかもしれない。

彼に「あなたにとって、この世界とは?」と質問した。彼は「ビデオレター」と答えた。私が記憶を整理し、想像し、映像化した夢を、ビデオレターだと言った。

スクリーンの中で、私が作った大道具、私の作った人間達が、私の作った物語を演じている。客席で独り映像を眺める私を、スクリーンの中の彼だけが、しっかりした自我を持って、見つめているように思えた。

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