春暑し、カービィを追想する

丸1年ぶりに「暑さ」に起こされた。スマホを点ければ午前6時。羽毛布団は蹴飛ばされて大胆に捲れているし、背中はじっとり汗ばんでいて、不快指数は初夏のそれと同じである。

4月は、こんなに暑かったか。捲れた布団はそのままにして、パジャマのボタンを全部開けて涼んでいたら、次に目覚めたのは10時過ぎだった。別に寒くもなかったから、もう布団をしまえということだろうか。起きて、水を飲んで、今年初めての半袖を着た。

 

 

自室の引き出しには、数ヶ月動かしていないNintendo Switchが眠っている。驚くなかれ、人生初のゲーム「マリオオデッセイ」をクリアして以降、ほとんど触っていないのである。稀に「そういえば」と思い出して充電するものの、いざ起動して数分、マリオをくるくる走らせただけで飽きてしまう。新しいソフトを買えば良いのだろうが、元より日常的にゲームをする習慣がないので「新しいゲームがやりたい」という欲求自体が、なかなか形を成さない。

いくらなんでもゲーム機が可哀想だ。何でも良いから新しい、面白そうなゲームは、と任天堂ショップを開いたら、トップページに大きな「カービィ」がいた。

 

遥か昔。当時小学生の私は、いとこの家で3DSを貸してもらい、それがカービィとの初対面であった。ピンク色の球体が小さな画面内をポヨンポヨン飛び回っていて、適当にボタンを押してみたら、ピンク色は下に落ちて居なくなってしまった。

「どうなったの?」といとこに聞けば、ピンクのキャラクターはカービィと言って、それが落ちて死んだのだという。突然の訃報であった。全く無意識にカービィを殺してしまった。

 

私の中のカービィは、あの時死んだままである。そのカービィの新作が、つい先日リリースされたのだ。10年以上の時を経て、カービィが生きている世界線を見られるのではないか。ゲームに対して多少の教養を身につけた今なら、無意識のゲームオーバーなど起こらないのではないか。

思いがけない興奮に、気付けば「体験版ダウンロード」のボタンを押していた。恐る恐るゲームを起動すれば、ポヨンポヨン具合が格段に進化した、見事なカービィが、生きて、そこに立っていた。

 

「ああ生きていたんだね、良かったねえ」と感激して、カービィを数分くるくる走らせて、それで充分満足して、ゲームを閉じた。

 

 

今日は随分暑いので、今年初めてのガリガリくんを食べました。