巨大無機生物

久しぶりに渋谷へ行ったら、PARCOがとんでもない大きさに進化していた。約10年前、ここにはPARCOパート3が建っていたはずであり、若者向けファッションブランドが詰め込まれているにも関わらず、いつ行っても閑散とした館内が印象的であった。もう随分昔の話である。

今ではパート1〜3の3棟が合体して、超巨大商業施設「渋谷パルコ・ヒューリックビル」などという、立派なショッピングモールへと変貌していた。大きく2棟に分かれており、渡り廊下で繋がる構造だから、真下に潜って見上げれば、巨大な人間の脚に跨られているような気分になる。

 

恐ろしい。巨大な脚に踏まれそうだ。元より私は、「無機物で出来た巨大な生物」を酷く恐れる癖がある。「絶対に動かない」と頭では分かっていても、「もし動いたら」という妄想が、どうしても勝ってしまうのだ。

 

 

初めて「巨大無機生物」に出会したのは、ショッピングモールの広場に設置された、時計の像であった。高さ2、3メートルはあるデフォルメされた巨大な「顔」が、時計を抱えて眠っていた。そして、おぞましいことに、1時間ごとに目をかっ開き、音楽を奏でるのである。

幼い私はいつも、「今に歩いてこっちに来る」と母親に泣きついていた。子どもだから怖かったのかも、と検索してみたが、今見ても大層不気味である。

 

また、あれは栃木へ遊びに行った時。これも5、6歳の頃だろうが、子ども向け施設「こどもの城」へと連れて行かれ、そこにいた巨大な恐竜(の遊具)「モモちゃん」が恐ろしくて堪らなかった。モモちゃんはピンク色の首長竜で、尻尾が滑り台だったり、身体の中に遊ぶスペースがあったりするのだが、その長い首が生きているかのように動き、話しかけてくるアトラクションでもあった。

「これは生きている」と確信した。モモちゃんの脚元にあるボールプールも、「踏まれる」という理由で頑なに入らなかった。

こちらも、今見ても十分恐ろしい「巨大無機生物」である。

 

「巨大無機生物」に恐怖する理由として、「生き物感のリアルさ」が大きく影響しているように思える。スカイツリーを見上げても、怖くはない。細長い塔に対して「生き物感」を見出せないからである。対して、渡り廊下で繋がった2棟の巨大なビルは、「巨人」という生き物を連想させる。生きているかもしれない、だから動くかも知れないし、恐ろしいのだ。

 

 

PARCOの6階には、広いポケモンセンターがあった。エントランスには、私の背丈よりも大きいミュウツー(ポケモン)が、液体漬けにされて眠っていた。

もし、奴が目覚めて、ガラスを破って出てきたら。

私に勝ち目は無い。ミュウツーに敗れ、PARCOの巨大な脚に踏みつけられて、地面にめり込んで死ぬのだろう。