卒業式

花粉症である。いや、花粉症でした、と過去形で言えるはずだったのである。

 

2月が終わり、気温が上がり、ああもうすぐ春ですね、花粉ですねという恒例のやり取りが始まって、しかし私はクシャミも鼻水も全く出ていなかった。アレグラを飲みはじめた親を横目に、「花粉症の人は今から症状が出ているが、私は出ていない」という事実から、「花粉症完治」を確信していた。今後「この時期は花粉が〜」の会話には参加できず、話を振られれば「実は治りまして」と意図せず自慢話を始める自分を想像して、切ない気持ちになったりもした。

今日、穏やかな日差しの中、久しぶりに散歩へ出掛けた私のマスクの下は、鼻水の滝であった。かんでもかんでも無限に湧き出てくるもんだから、ポケットティッシュなどあっという間に使い切る。道行く人にバレないよう、ひっきりなしにズルズル啜りながら、時にはクシャミの発作を飲み込みながら、泣いていた。

全然、治ってなどいなかった。ずっと家に引きこもり、長時間の外出をしていなかったために、うっかり症状が見えなかっただけである。また今年も、恐らくは来年も再来年も、変わらず花粉症と闘っているのだろう。

 

いくらマスクをしているとは言え、このご時世、鼻を啜り続ける人間は好まれない。さっさと帰ってしまおうと足早に駅を出れば、駅前広場に大勢の高校生たちがたむろしていた。

土曜日も学校なのか、とよく見れば、全員ブレザーの胸ポケットに花飾りを付けている。卒業式帰りのようである。一様に大きな紙袋を提げ、写真を撮り合ったり、立ち話に盛り上がったりしている。

 

私は卒業式について、ほとんど覚えていない。そもそも中学校の卒業式をサボったから、小学校・高校の2回しか「卒業式」を経験していない。

最も多い人で小・中・高・大と4回も「卒業式」を経験するわけだが、たかが4回、人生80年に投げ込めば、あったことすら忘れてしまう回数である。

されど4回。片手の数しか経験できないイベントなど、そうそう無い。「卒業式」は、特別珍しい、忘れてしまうには惜しいイベントじゃないか。

私も、写真を撮っておけば良かったな、微塵も覚えていないや。賑やかな高校生たちを眺めながら、「君たちは忘れるんじゃないぞ」と心の中で激励して、ダラダラ鼻水を垂らしていた。

 

今は切実に、花粉症から卒業したい。

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