コーンを鉛筆で刺して食べていた君へ

冬の自動販売機に「コーンポタージュ缶」と「おしるこ缶」が並ぶのは知っていたが、近年は味噌汁に始まり、出汁やおでん等々、興味深いタイトルが登場するようになって、冬の自販機はさらに魅力的な休憩スポットへと進化した。

 

これだけラインナップが充実してしまうと、ホットコーヒーなどは余りに安直すぎて買いづらい。

単純に味の好みなら圧倒的にコーンポタージュ派なのだけど、どうしても「缶のコーンポタージュ」に対する不信感が見え隠れしてしまって、ボタンを押すまでに至らない。

寒空の下、自販機を横目に散々ウロウロした挙げ句、未だ挑戦したことの無い「おしるこ缶」のボタンを押し込んだ。

 

 

コーンポタージュ缶の何がいけないのか。

飲んでみればわかるのだが、「全部飲んだ」と思っても、缶の底にコーンが山盛り残ってしまう。それがコーンポタージュ缶への最も有名な印象であり、残さず飲むテクニックもあるにはあるらしいが、技を身につけるよりも先に冬が終わってしまうだろう。

正直、コーンが残るか残らまいかはどうでも良い。重要なのは「残ったコーンをどう処理するか」という、個人的なトラウマの話である。

 

小学生の頃。進学塾に通っていたので、夜遅くまで授業があり、その日もクラスメイト達と教室で夕飯を食べていた。

各々弁当やらカップ麺やらを食べながらワイワイ騒ぐ中、どういう経緯だったかは全く記憶に無いが、クラスメイトが突然、「誰それは缶のコーンポタージュを飲み干した後、底に残ったコーンを鉛筆で刺して食べてたんだよ」などと言い出したのである。

「誰それ」が男だったか女だったかも定かで無いし、何なら言い出した子の作り話かもしれないのだけど、とにかく「コーンを鉛筆で刺して食う」という様子を持ち前の想像力で余りにもリアルに想像してしまった結果、噂話にも関わらず「強烈な事実」として記憶に焼き付いてしまったのである。

 

それ以来、コーンポタージュ缶を見る度に、鉛筆で缶の底にグリグリ押し付けられ、黒く穴の空いたコーンが、脳裏にペッタリ張り付くようになった。

 

 

おしるこ缶のプルタブを上げれば、黒々した汁粉の中に、固形物が浮かんでいるように見える。啜れば、途端に大量の小豆が口内へと流れ込み、想像以上に咀嚼を要する飲み物であった。

全部飲み干したと思って缶を振ると、底に微かな重みが残っている。覗けば、数粒のふやけた小豆が、小さな山を作っていた。

 

コーンポタージュ缶の底に残ったコーンを、鉛筆で刺して食べていた君へ。鉛筆は、コーンだから刺さったのであって、おしるこ缶の場合は小豆が柔らかいから、上手く刺さらないかもしれません。

しかし小豆は軽く小さく、底に残りにくい仕様ですので、おしるこ缶の方が幾分か飲みやすいかと思われます。