アズサてやんday

六帖アズサのブログ

8月14日(哀愁)

関東地方はここ一週間、台風から始まって連日雨続きだから、炎天も一旦落ち着いて、室内に居る分には幾らか過ごしやすい気温になった。

「そろそろ夏も終わりか」なんてしみじみしかけたが、まだ8月は半分以上残っているし、「晩夏の哀愁」を感じるには、まだ少し早いかも知れない。

 

哀愁と言えば、単純な「悲しさ」だけでは無く、どこか「やり切れない」「沁みるような」切なさや、「失われたもの」に対するノスタルジーが見え隠れするように感じるのは、私だけだろうか。

 

 

私が産まれた頃から立っているであろう、駅前のビジネスホテル。一階にレストランも入っているから、泊まったことは無くとも、何度か食事に入ったことがある。

「この辺で外食」となれば、近隣の寿司チェーン店等と並んで必ず候補に上がる場所であり、地元民は全員知っている、地域密着型のホテルであった。

 

私が幼稚園生の頃までは、ホテル入り口に小さい滝の様な、壁からエントランスの階段下までを水が流れる演出があった筈なのだが、先日久し振りに通りかかってみれば、滝は無くなっており、水を流していた壁の穴はカラカラに乾いてしまっている。

加えて、昔食事に訪れたレストランも閉店しており、エントランスには音もなく、受付にコンシェルジュが1人、ひっそりと立っているだけであった。

 

「駅前のホテルといえば」とまで認識されていた場所が、静かに動きを止めようとしている。

普段はノスタルジーなど感じないのだが(そもそも感じるほど昔の記憶が無いのだが)、「動いていたものが止まる」「あったものが無くなる」ことに、生命の死に似た切なさを感じた。

 

 

毎日「暑いあつい」と文句を垂れていたにも関わらず、急に涼しくなってしまえば、忌々しい夏にも「これでもう終わりか」と物足りないような心地になる。

別段思い入れが無いものにも、何故か切ない気持ちになってしまう季節、晩夏。

もう少し、夏のままでも良いよ。