アズサてやんday

六帖アズサのブログ

8月2日(ラジオと卒論)

タクシーに乗りこむとラジオが掛かっていた。おっさん声のDJが、「便箋12枚に渡ってお便りをいただきました」と言ったように聴こえたけれど、ラジオの音質が悪過ぎるから聴き間違えたのかも知れない。

 

 

「大学の卒論を人に発注したりコピペしたりすると大問題になる」と知って、意外だった。

大学入試の小論文なんて、事前に作ったものを覚えて、それを試験会場で書いて提出するのに、卒論は1から10まで自分でやらないといけないのか。

同級生は大学入試用に、ひと通り書いた文を現国の先生に添削してもらい、先生と相談しながら最終的な文を完成させて、それを必至に暗記していた。

殆どの大学入試の小論文は事前にテーマを渡されて、推敲する猶予が設けられる。そうやって完成したものを評価して入学させた生徒に、「卒論は自分の言葉で書かないと卒業させません」というのは疑問である。

 

"「入学時はゆっくり先生と推敲しまくった文を出してOKだけど」卒論はそうは行かないよ" とはどう言う理屈なのだろうか。

卒論で個人の研究をオリジナルの文章で書いて欲しいのは当たり前である。なら入試もそれで良いではないか。その場でテーマを渡して、どれだけ文章を構築出来るかを評価したら良いのではないか。

何故、卒論と同じように "ある程度の期間をかけて練られた文" を評価したがるのか。

大学が何を考えているのかサッパリ分からないので、つくづく「大学行かなくて良かった…」と思っている。