アズサてやんday

六帖アズサのブログ

坂口安吾へ

元々noteで更新してたのをわざわざブログにしたのは何の根拠もないけど、見る母数が多そうだったから。noteはnote内からしか見られないイメージ。そして浮世離れした話を書くと誰にも見られない。元々主観が世間とズレているせいか自分が面白いと思った事は全然人に伝わらない。

母数が多ければ自分の話を面白がる阿呆も多いはず。ただの暇つぶしに読んで馬鹿にしながらゲラゲラ笑ってくれればそれで良い。私は文学も思想も知らない。坂口安吾風にいえば "フツカヨイ的に" ゆらゆらしているだけの、実につまらない人間です。

立派に活躍していない20歳の文なんてそうそう読めねえからな!!

 

私は坂口安吾の文章が大好きで、先日短編集を買ってしまったからもう何度も読んでは1人でゲラゲラ笑っている。「日本文化私観」なんて何度読んだか分からない。日本人は全員読めば良い。読んで、伝統を必死に守る誇り高き文化人は存分に苛々すれば良い。

私は安吾の文が好きだけれども安吾自体は多分好きじゃない。いかにも「自分は全てを俯瞰して理解している」っていうのがビンビンに伝わってくるからで、「青春論」の中で戦慄した箇所がある。

すくなくとも、僕は人の役に多少でも立ちたいために、小説を書いている。けれども、それは、心に病ある人の催眠薬としてだけだ。心に病なき人にとっては、ただ毒薬であるにすぎない。

( 坂口安吾「青春論」)

そんなの全然笑えない。ここまで心底楽しんでいた私に今更そんな事実を突きつけなくてもいい。安吾は、自分がいかに全ての方向から物事を見、考えているのかをよく言うけれど(文豪を批評して「彼は〜の追求を忘れていたのだ」とか)だからと言って全てを追求してありありと文章で示さないでほしい。自分と同じ色々考え込むのが病気みたいな奴らがその病気に気づいていないとでも思ったか。というか言われたくない。お前が死んで65年経っても、読者は、思ってるぞ安吾。「おまえも!病気だもんな!」

 

そんな感じで坂口安吾がとても好きです。

あんたは結局は家庭的に死んだそうだけど、私は人間になってまだ20年しか這いずり回っていないから、つらつら生きて畳の上で家庭的な最期だなんて華がないと思ってしまうよ。